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ゆ。春秋よろづの物にかよへるしらべにて通はしわたしつゝ彈き給ふ心しらひ敎へ聞え給ふさまたがへずいとよく辨へ給へるを、いとうつくしくおもだゝしく思ひ聞え給ふ。この君達のいと美くしく吹き立てゝせちに心入れたるをらうたがり給ひて、「ねぶたくなりにたらむに、こよひのあそびは長くはあらではつかなる程にと思ひつるを、とゞめ難き物のねどものいづれともなきを聞きわく程の耳とからぬたどたどしさにいたくふけにけり。心なきわざなりや」とてさうの笛吹く君にかはらけさし給ひて御ぞ脱ぎてかづけ給ふ。橫笛の君には、こなたより織物の細長に、袴などことごとしからぬさまに氣色ばかりにて、大將の君には宮の御方よりさかづきさし出でゝ、宮の御さうぞくひとくだりかづけ奉り給ふを、おとゞ「あやしや、物の師をこそまづは物めかし給はめ。うれはしきことなり」との給ふに、宮のおはします御几帳のそばより御笛を奉る。うち笑ひ給ひてとり給ふ。いみじきこまぶえなり。少し吹きならし給へば皆立ち出で給ふほどに、大將立ちとまり給ひて、御子の持ち給へる笛を取りていみじくおもしろく吹き立て給へるがいとめでたく聞ゆれば、いづれもいづれも皆御手をはなれぬものゝつたへつたへ、いとになくのみあるにてぞ、我が御ざえのほどありがたくおぼし知られける。大將殿は、君達を御車に乘せて月の澄めるにまかで給ふ。道すがら箏の琴のかはりていみじかりつる音も耳につきて戀しく覺え給ふ。我が北の方は、故大宮の敎へ聞え給ひしかど、心にもしめ給はざりしほどにわかれ奉り給ひにしかばゆるらかにも引き取り給はで男君の御前にては耻ぢて更にひき給はず。何事も唯おいらかに打ちおほどきた