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しきにしづ心もなし、宮をば今少しのすくせ及ばましかば我が物にても見奉りてまし。心のいとぬるきぞくやしきや、院はたびたびさやうにおもむけてしりうごとにものたまはせけるをと、ねたく思へど少し心安き方に見え給ふ御けはひに、あなづり聞ゆとはなけれどいとしも心は動かざりけり。この御かたをば何ごとも思ひ及ぶべき方なくけ遠くて年比過ぎぬれば、いかでか唯大方に心よせあるさまをも見え奉らむとばかりの口惜しく歎しきなりけり。あながちにあるましくおほけなき心などは更に物し給はず、いとよくもてをさめ給へり。夜更け行く風のけはひひやゝかなり。臥まちの月はつかにさし出でたる心もとなしや。「春のおぼろ月夜よ、秋の哀はたかうやうなる物のねに蟲の聲より合せたる、たゞならずこよなく響きそふ心地すかし」とのたまへば大將の君「秋の夜の隈なき月には萬の物のとゞこほりなきに琴笛の音もあきらかに澄める心地はし侍れど猶殊更に作り合せたるやうなる空の氣色花の露もいろいろめ移ろひ心ちりてかぎりこそ侍れ。春の空のたどたどしき霞の間より朧なる月かげに靜に吹き合せたるやうには、いかでか笛のねなども艷に澄みのぼりはてなむ。女は春をあはれむとふるき人のいひ置き侍りける、げにさなむ侍りける。なつかしくものゝとゝのほることは春の夕暮こそことに侍りけれ」と申し給へば「いなこのさだめよ。いにしへより人のわきねたることを末の世にくだれる人のえあきらめはつまじくこそ。物のしらべごくのものどもはしもげにりちをば次のものにしたるはさもありかし」などの給ひて「いかに只今いうそくのおぼえたかきその人かの人ごぜんなどにて度々試みさせ給ふにすぐれ