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なめれと見ゆるに女御の君は同じやうなる御なまめき姿の今少しにほひ加はりてもてなしけはひ心にくゝよしあるさまし給ひてよく咲きこぼれたる藤の花の夏にかゝりてかたはらに並ぶ花なき朝ぼらけの心地ぞし給ふ。さるはいとふくらかなる程になり給ひてなやましく覺え給ひければ御琴も推しやりてけうそくにおしかゝり給へり。さゝやかになよびかゝり給へるに、御けうそくは例の程なればおよびたる心地して殊更にちひさく作らばやと見ゆるぞいと哀げにおはしける。紅梅の御ぞに御ぐしのかゝりはらはらと淸らにてほかげの御姿世になく美しげなるに紫の上はえびぞめにやあらむ、色濃きこうちき、うすすはうの細長に御ぐしのたまれるほどこちたくゆるらかにおほきさなどよき程にやうだいあらまほしく、あたりにほひ滿ちたる心地して、花といはゞ櫻にたとへても猶物よりすぐれたるけはひ殊に物し給ふ。かゝる御あたりに明石はけおさるべきをいとさしもあらずもてなしなど氣色ばみはづかしく心のそこゆかしきさましてそこはかとなくあてになまめかしく見ゆ。柳の織物の細長もえぎにやあらむ、小袿着てうすものゝ物はかなげなる引きかけて、殊更ひげしたれどけはひ思ひなしも心にくゝあなづらはしからず。こまの靑地の錦の端さしたるしとねにまほにもゐて琵琶をうち置きて唯氣色ばかりひきかけてたをやかにつかひなしたるばちのもてなし、音を聞くよりも又ありがたくなつかしくて五月まつ花たちばなの花も實もくしておしをれるかをり覺ゆ。これもかれも打ち解けぬ御けはひどもを聞き見給ふに大將もいと打ちゆかしく覺え給ふ。對の上の見し折よりもねびまさり給へらむありさまゆか