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美しきとのゐすがたどもにて吹き合せたる物のねどもまだ若けれどおひさきありていみじくをかしげなり。御琴どもの調べども整ひはてゝ搔き合せ給へるほどいづれとなき中に琵琶はすぐれて上手めきかみさびたる手づかひすみはてゝおもしろく聞ゆ。和琴に大將も耳留め給へるになつかしくあいぎやうづきたる御つまおとに搔き返したるねの、珍しく今めきて更にこのわざとある上手どものおどろおどろしく搔き立てたるしらべ調子に劣らずにぎはゝしく、やまとごとにもかゝる手ありけりと聞き驚かる。深き御らうの程あらはに聞えておもしろきにおとゞ御心おちゐていとありがたく思ひ聞え給ふ。さうの御琴は物のひまひまに心もとなく漏りいづる物のねがらにてうつくしげになまめかしくのみ聞ゆ。きんは猶若き方なれど習ひ給ふさかりなればたどたどしからずいとよく物に響き合ひていうになりにける御琴のねかなと大將聞き給ふ。ひやうしとりてさうがし給ふ。院も時々扇うちならして加へ給ふ御聲昔よりもいみじくおもしろく少しふつゝかにものものしきけそひて聞ゆ。大將も聲いとすぐれ給へる人にて夜の靜になり行くまゝにいふかぎりなくなつかしき夜の御遊なり。月心もとなきころなればとうろこなたかなたにかけて火よき程にともさせ給へり。宮の御方をのぞき給へれば人よりけにちひさく美しげにて唯御ぞのみある心ちす。にほひやかなる方はおくれて唯いとあてやかにをかしく、二月の中の十日ばかりの靑柳の僅にしたり始めたらむ心地して、鶯の羽風にも亂れぬべくあえかに見え給ふ。櫻のほそながにみぐしは左みぎよりこぼれかゝりて柳の糸のさましたり。これこそは限なき人の御有樣