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たはづかしく心づかひしておはす。明石の君を放ちてはいづれも皆捨て難き御弟子どもなれば御心加へて大將の聞き給はむになんなかるべくとおぼす。女御は常にうへのきこし召すにも物に合せつゝひきならし給へればうしろやすきを和琴こそいくばくならぬしらべなれどあとさだまりたることなくてなかなか女のたどりぬべけれ、春の琴のねは皆かき合するものなるを亂るゝ處もやとなまいとほしくおぼす。大將いといたく心げさうして御前のことごとしくうるはしき御心みあらむよりも今日の心づかひは殊にまさりて覺え給へばあざやかなる御直衣、かうにしみたる御ぞども袖いたくたきしめて引きつくろひて參り給ふほどくれはてにけり。ゆゑあるたそがれ時の空に花はこぞのふる雪思ひ出でられて枝もたわむばかり咲き亂れたり。ゆるらかに打ち吹く風にえならず匂ひたるみすの內のかをりも吹き合せて鶯さそふつまにしつべくいみじきおとゞのあたりのにほひなり。みすの下より箏の御琴のすそ少しさし出でゝ「かるがるしきやうなれどこれが緖整へて調べ試み給へ。こゝに又うとき人の入るべきやうもなきを」とのたまへば打ちかしこまりて給はり給ふほどようい多くめやすくていちこちでうの聲にはちの緖を立てゝふとも調べやらでさぶらひ給へば「猶かきあはせばかりは手ひとつすさまじからでこそ」とのたまへば「更に今日の御遊のさしいらへにまじらふばかりの手づかひなむ覺えず侍りけるを」と氣色ばみ給ふ。「さもあることなれど女樂にえことまぜでなむ遁げにけるとつたはらむ名こそ惜しけれ」とて笑ひ給ふ。調べはてゝをかしき程に搔き合せばかり彈きて參らせ給ひつ。この御まごの君達のいと