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むつかり給ふを宮も漏り聞き給ひては、いと聞きならはぬことかな。昔いと哀と思ひし人をおきても猶はかなき心のすさびは絕えざりしかどかうきびしき物えんじは殊になかりしものを、心づきなくいとゞ昔を戀ひ聞え給ひつゝふるさとにうちながめがちにのみおはします。さいひつゝもふたとせばかりになりぬればかゝるかたにめなれて唯さるかたの御中にてすぐし給ふ。はかなくて年月も重りて內のみかど御位につかせ給ひて十八年にならせ給ひぬ。次の君とならせ給ふべき御子おはしまさず。物のはえなきに世の中はかなく覺ゆるを心安く思ふ人々にも對面しわたくしざまに心をやりてのどかにすぐさまほしくなむと、年比おぼしのたまはせつるを、日比いと重く惱ませ給ふことありて俄におりゐさせ給ひぬ。世の人あかずさかりの御世をかくのがれ給ふことゝ惜み歎けど春宮もおとなびさせ給ひにたればうちつぎて世の中のまつりごとなど殊に變るけぢめもなかりけり。おほきおとゞちじの表奉りてこもり居給ひぬ。世の中の常なきにより、かしこきみかどの君も位を去り給ひぬるに、年ふかき身のかうぶりをかけむ何か惜しからむとおぼしのたまひて左大將右大臣になり給ひてぞ世の中のまつりごとつかうまつり給ひける。女御の君はかゝる御世をも待ちつけ給はでうせ給ひにければ限ある御位を得給へれど物のうしろのこゝちしてかひなかりけり。六條の女御の御腹の一の宮ばうに居給ひぬ。さるべきことかねて思ひしかどさしあたりては猶めでたく目驚かるゝわざなりけり。右大將の君大納言になり給ひて例の左に移り給ひぬ。いよいよあらまほしき御なからひなり。六條院はおり居給ひぬる冷泉院の御つぎお