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へば、「これはさるわきまへ心もをさをさ侍らぬものなれど、その中にも心かしこきはおのづからたましひ侍らむかし」など聞えて「まさるどもさぶらふめるをこれは暫し賜はりあづからむ」と申し給ふ。心のうちにあながちにをこがましくかつは覺ゆ。つひにこれを尋ねとりてよるもあたり近くふせ給ふ。あけたてば猫のかしづきをしてなでやしなひ給ふ。ひとげ遠かりし心もいとよく馴れてともすればきぬのすそにまつはれ寄りふしむつるゝをまめやかにうつくしと思ふ。いといたくながめて端近く寄りふし給へるに、來てねうねうといとらうたげになけば、かきなでゝうたてもすゝむかなとほゝゑまる。

 「戀ひわぶる人のかたみと手ならせばなれよ何とてなくねなるらむ」。これも昔の契にやと顏を見つゝのたまへば、いよいよらうたげになくをふところに入れて眺め居給へり。ごだちなどは「怪しく、俄なる猫のときめくかな。かやうなるもの見入れ給はぬ御心に」と咎めけり。宮より召すにも參らせずとりこめてこれを語らひ給ふ。

左大將殿の北の方は大殿の君達よりも、右大將の君をばなむ昔のまゝにうとからず思ひ聞え給へり。心ばへのかどかどしくけぢかくおはする君にて對面し給ふ時々もこまやかに隔てたる氣色なくもてなし給へれば、大將もしげいさなどのうとうとしく及びがたげなる御心ざまのあまりなるにさまことなる御むつびにて思ひかはし給へり。男君今はましてかの初の北の方をももてはなれはてゝ並びなくもてかしづき聞え給ふ。この御腹には男君達のかぎりなればさうざうしとて、かのまきばしらの姬君えてもかしづかまほしくし給へど、おほぢ宮など更に許し給はず、こ