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過ぎて三月はた御き月なれば口惜しと人々思ふに、この院にかゝるまとゐあるべしと聞き傅へて例のつどひ給ふ。左右大將さる御なからひにて參り給へばすけたちなどいどみかはして、小弓とのたまひしかどかちゆみの勝れたる上ずどもありければ召し出でゝ射させ給ふ。殿上人どもゝつきづきしきかぎりは皆まへしりへの心こまどりにかたわきて、暮れゆくまゝに今日にとぢむる霞の氣色もあわたゞしく、亂るゝ夕風に花のかげいとゞ立つことやすからず。人々いたくゑひすぎ給ひてえんなるかけものどもこなたかなた人々の御心見えぬべきを、柳の葉をもゝたびあてつべきとねりどものうけばりていとるむじんなりや。すこしこゝしき手つきどもをこそいどませめとて、大將だちより始めており給ふに、衞門の督人よりけにながめをしつゝ物し給へば、かのかたはし心知れる御めには見つけつゝなほいとけしきことなり。煩しきこと出で來べきよにやあらむと我さへ思ひつきぬるこゝちす。この君達御中いとよしさるなからひといふ中にも心かはしてねんごろなればはかなきことにても物思はしくうち紛るゝことあらむをいとほしく覺え給ふ。みづからもおとゞを見奉るにけおそろしくまばゆくかゝる心はあるべきものか、なのめならむにてだにけしからず、人にてんつかるべきふるまひはせじと思ふものを、ましておほけなきことゝ思ひわびてはかのありし猫をだにえてしがな、思ふこと語らふべくはあらねどかたはらさびしきなぐさめにもなつけむと思ふに、物ぐるほしういかでかは盜み出でむと、それさへぞ難きことなりける。女御の御方に參りて物語など聞えまぎらはし心みる、いと奧深く心はづかしき御もてな