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もむきにのみやは」といらへて、煩しければことにいはせずなりぬ。ことごとにいひまぎらはしておのおのわかれぬ。かんの君は猶おほいどのゝひんがしの對にひとりずみにてぞものし給ひける。思ふ心ありてとしごろかゝるすまひをするに人やりならずさうざうしく心ぼそきをりをりあれど、我が身かばかりにてなどか思ふことかなはざらむとのみ心おごりするに、この夕べよりくしいたく物おもはしくていかならむをりに又さばかりにてもほのかなる御ありさまをだに見む、ともかくもかきまぎれたるきはの人こそ、かりそめにもたはやすき物いみ、かたゝがへのうつろひもかろがろしきにおのづからともかくも物のひまをうかゞひつくるやうもあれなど、思ひやる方なく深き窓のうちに何にばかりのことにつけてかかく深き心ありけりとだに知らせ奉るべきと、胸いたくいぶせければ、小侍從がり例の文やり給ひて、「一日の風にさそはれて、みかきが原をわけ入りてはべりしに、いとゞいかに見おとし給ひけむ、その夕よりみだりごゝちかきくらしあやなくけふをながめくらし侍る」など書きて、

 「よそに見てをらぬなげきはしげれどもなごり戀しき花のゆふかげ」とあれど侍從は一日の心も知らねば、唯世の常のながめにこそはと思ふ。おまへに人しげからぬ程なればこの文をもて參りて「この人のかくのみ忘れぬものにことゝひものし給ふこそ煩はしく侍れ。心苦しげなる有樣も見給へあまる心もやそひ侍らむと、みづからの心ながら知りがたくなむ」とうち笑ひて聞ゆれば「いとうたてあることをもいふかな」と何心もなげにのたまうて文ひ