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とにか、心をうつす人は物し給はむ、何事につけてか哀と見許し給ふばかりはなびかし聞ゆべきと、思ひめぐらすに、いとこよなく御あたりはるかなるべき身の程も思ひ知らるれば胸のみふたがりてまかで給ひぬ。大將の君ひとつ軍にて道のほど物語し給ふ。「猶このごろのつれづれにはこの院に參りてまぎらはすべきなり、今日のやうならむいとまのひま待ちつけて花のをりすぐさず參れとの給ひつるを、春をしみがてら月の內に小弓持たせて參り給へ」と語らひ契る。おのおの別るゝ道の程物語し給うて宮の御事の猶いはまほしければ「院には猶この對にのみ物せさせ給ふなめりなかの御覺えのことなるなめりかし。この宮いかにおぼすらむ。みかどのならびなくならはし奉り給へるに、さしもあらで具し給ひにたらむこそ心苦しけれ」とあいなくいへば「たいだいしきこと、いかでかさはあらむ。こなたはさまかはりておほしたて給へるむつびのけぢめばかりにこそあべかめれ、宮をばかたかたにつけて、いとやんごとなく思ひ聞え給へるものを」と語り給へば「いであなかま給へ。皆聞きて侍る、いといとほしげなる折々あなるをやさるは世におしなべたらぬ人の御おぼえをありがたきわざなりや」といとほしがる。

 「いかなれば花に木づたふ鶯のさくらをわきてねぐらとはせぬ。春の鳥の櫻ひとつにとまらぬ心よ、あやしと覺ゆることぞかし」と口ずさびにいへば、いであなあぢきなのものあつかひや、さればよと思ふ。

 「みやま木にねぐらさだむるはこ鳥もいかでか花の色にあくべき。わりなきことひたお