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り。かたちいときよげになまめきたるさましたる人の用意いたくして、さすがにみだりがはしきをかしく見ゆ。みはしのまにあたれる櫻の蔭によりて人々花の上も忘れて心に入れたるを、おとゞも宮もすみの高欄に出でゝ御覽ず。いとらうある心ばへども見えて數多くなり行くに上らうも亂れてかうぶりのひたい少しくつろぎたり。大將の君も御位の程思ふこそ例ならぬ亂りがはしさかなと覺ゆれ。見る目は人よりけに若くをかしげにて櫻のなほしのやゝなえたるにさしぬきのすそつかた少しふくみて氣色ばかりひきあげ給へり。かるがるしくも見えず、物淸げなるうちとけ姿に花の雪のやうに降りかゝれば打ち見上げてしをれたる枝少し押し折りてみはしの中のしなの程に居給ひぬ。かんの君つゞきて「花亂りがはしく散るめりや。櫻はよぎてこそ」などの給ひつゝ宮の御前の方をしりめに見れば例のごとにをさまらぬけはひどもしていろいろこぼれ出でたるみすのつまづますきかげなど、春のたむけのぬさぶくろにやと覺ゆ。御几帳どもしどけなくひきやりつゝ人げ近く世づきてぞ見ゆるに、からねこのいと小さくをかしげなるをすこしおほきなる猫の追ひ續きて俄にみすのつまより走り出づるに人々おびえ騷ぎてよそよそとみじろきさまよふけはひどもきぬの音なひ耳かしましき心ちす。猫はまだよく人にもなつかぬにや、つないと長くつきたりけるを物にひきかけまつはれにけるを、逃げむとひこじろふ程にみすのそばいとあらはにひきあげられたるをとみにひきなほす人もなし。この柱のもとにありつる人々も心あわたゞしげにてものおぢしたるけはひどもなり。几帳のきは少し入りたる程にうちき姿にて立ち給