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と見わづらひぬ。「いかゞ聞えむ」などせめられて「心ちのかき亂るやうにし侍るほどためらひて今聞えむ。昔のこと思ひ出づれど更に聞ゆることなく、あやしういかなりける夢にかとのみ心も得ずなむ。少ししづまりてやこの御文なども見知らるゝこともあらむ。今日は猶もてまゐり給ひね。所違へにもあらむにいとかたはらいたかるべし」とてひろげながら尼君にさしやり給へれば「いと見苦しき御ことかな。あまりけしからぬは、見奉る人も罪さり所なかるべし」などいひさわぐも、いとうたて聞きにくゝ覺ゆれば、顏も引き入れて臥し給へり。あるじぞこの君に物語少し聞えて「ものゝけにておはすらむ。例のさまに見え給ふ折なくなやみわたり給ひて御かたちもことになり給へるを、尋ね聞え給ふ人あらばいとわづらはしかるべき御事と見奉り歎き侍りしもしるく、かくいとあはれに心苦しき御事どもの侍りけるを、今なむいとかたじけなく思ひ侍る。日比も心地うちはへなやませ給ふめるを、いとゞかゝる事どもにおぼし亂るゝにや、常よりも物覺えさせ給はぬさまにてなむ」と聞ゆ。所につけてをかしきあるじなどしたれど幼き心ちはそこはかとなくあわてたる心ちして「わざと奉れさせ給へるしるしに、何事をかは聞えさせむとすらむ。唯一言をのたまはせよかし」などいへば「げに」などいひて、かくなむとうつし語れども物もの給はねばかひなくて、「唯かく覺束なき御有樣を聞えさせ給ふべきなめり。雲の遙にへだゝらぬほどにも侍るめるを、山風ふくとも又も必ず立ち寄らせ給ひなむかし」といへば、すゞろにゐくらさむもあやしかるべければかへりなむとす。人しれずゆかしき御ありさまをもえ見ずなりぬるを、覺束なく口