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夢浮橋

山におはしまして例せさせ給ふやうに經佛など供養ぜさせたまふ。またの日は橫川におはしたれば僧都驚きかしこまり聞え給ふ。年比も御いのりなどにつけかたらひ給ひけれど、ことにいと親しきことはなかりけるを、このたび一品宮の御心ちの程にさぶらひ給へるに勝れ給へるげん物し給ひけりと見給ひてよりこよなうたふとび給ひて、今少し深き契り加へ給ひてければ、おもおもしうおはする殿のかくわざとおはしたることゝもてさわぎ聞え給ふ。御物語などこまやかにしておはすれば御ゆづけなど參り給ふ。少し人々しづまりぬるに「小野のわたりに知り給へるやどりや侍る」と問ひ給へば「しか侍り、いと異やうなる所になむ。某が母なる朽尼の侍るを京にはかばかしきすみかも侍らぬうちにかくて籠り侍るあひだは、夜中曉にもあひとぶらはむと思ひ給へおきて侍る」など申し給ふ。「そのわたりにはたゞ近きころほひまで人おほう住み侍りけるを、今はいとかすかにこそなり行くめれ」などのたまひて、「今すこし近うゐよりて忍びやかにいとうきたる心ちもし侍り。又尋ね聞えむにつけてはいかなりけることにかと心得ずおぼされぬべきに、かたがたはゞかられ侍れど、かの山里にしるべき人のかくろへて侍るやうに聞きしを、たしかにてこそは、いかなるさまにてなども漏らし聞えめなど思ひ給ふるほどに、御弟子になりて忌むことなど授け給ひてけ