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「それをだに契りししるしにせよ」とせめ給へば、入りて見るに、殊更人にも見せまほしきさましてぞおはする。薄鈍色の綾、中にはくわんざうなどすみたる色を着ていとさゝやかに容躰をかしく今めきたるかたちに、髮は五重の扇を廣げたるやうにこちたきすゑつきなり。こまかに美しきおもやうのけさうをいみじくしたらむやうにあかく匂ひたり。行ひなどをし給ふも猶珠數は近き几帳にうち懸けて經に心を入れて讀み給へるさま繪にも書かまほし。うち見るごとに淚の留め難き心ちするを、まいて心かけ給はむ男はいかに見奉り給はむと思ひて、さるべき折にやありけむさうじのかけがねのもとにあきたる穴を敎へてまぎるべき几帳など引きやりたり。いとかくは思はずこそありし、いみじく思ふさまなりける人をと、わがしたらむあやまちのやうに惜しく悔しく悲しければつゝみもあへず、物ぐるはしきけはひも聞えぬべければ、のきぬ。かばかりのさましたる人を失ひて尋ねぬ人ありけむや、又その人かの人むすめなむ行方もしらずかくれにたる、もしは物ゑんじして世をそむきにけるなど、おのづからかくれなかるべきをなど怪しく返すがへす思ふ、尼なりともかゝるさましたらむ人はうたても覺えじなど、なかなか見所まさりて心苦しかるべきをしのびたるさまに、猶かたらひとりてむと思へば、まめやかにかたらふ。「世の常のさまにはおぼしはゞかる事もありけむを、かゝるさまになり給ひにたるなむ心安く聞えつべくなむ侍る。さやうに敎へ聞えたまへ。來し方忘れがたくてかやうに參りくるに又ひとつ志をそへてこそ」などのたまふ。「いと行く末心ぼそくうしろめたき有樣に侍るめるにまめやかなるさまにおぼ