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やつれむもいとほしげになむ侍りし。何人にか侍りけむ」と物よくいふ僧都にて語りつゞけ申し給へば「いかでさる所によき人をしもとりもていきけむ、さりとも今は知られぬらむ」などこの宰相の君ぞ問ふ。「知らず。さもやと語らひ侍らむ。誠にやんごとなき人ならば何かくれも侍らじをや。田舍人のむすめもさる樣したるこそは侍らめ。龍の中より佛生れ給はずはこそ侍らめ。たゞ人にては罪輕きさまの人になむ侍りける」など聞え給ふ。その比かのわたりに消え失せにけむ人をおぼし出づ。このお前なる人も姉君のつたへに怪しくてうせたる人とは聞き置きたれば、それにやあらむとは思ひけれど定めなきことなり。僧都もかゝる人世にあるものとも知られじとよくもあらぬかたきだちたる人もあるやうにおもむけてかくし忍び侍るを、事のさまの怪しければけいし侍るなりと、なまがくす氣色なれば人にも語らず「宮はそれにもこそあれ。大將に聞かせばや」とこの人にぞのたまはすれど、いづかたにも隱すべき事を定めて、さならむとも知らずながら耻しげなる人にうち出でのたまはせむもつゝましくおぼしてやみにけり。姬宮をこたりはてさせ給ひて僧都ものぼりぬ。かしこに寄り給へればいみじく恨みて「なかなかかゝる御有樣にて罪も得ぬべきことをのたまひもあはせずなりにけることをなむ、いと怪しき」などのたまへどかひなし。「今は唯御行ひをし給へ、老いたる若き定めなき世なり。はかなきものにおぼしとりたるもことわりなる御身をや」とのたまふにもいと恥しくなむ覺えける。「御法服新しくし給へ」とて綾、羅、衣などいふ物奉りおき給ふ。「某が侍らむかぎりは仕うまつりなむ。なにかおぼし煩ふべき。常なき世に