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はせ給ふ。日比いたく侍ひごうじたる人は皆休みなどして、御前に人ずくなにて近く起きたる人少きをりに、同じ御帳におはしまして「昔よりたのませ給ふ中にもこの度なむいよいよ後の世もかくこそはとたのもしき事まさりぬる」などのたまはす。「世の中に久しく侍るまじきさまに佛なども敎へ給へる事ども侍るうちに、今年來年過ぐし難きやうになむ侍りければ、佛をまぎれなく念じつとめ侍らむとて深く籠り侍るを、かゝる仰言にてまかり出で侍りにし」など啓し給ふ。御ものゝけのしうねきこと樣々になのるが恐しきことなどのたまふ序に「いとあやしくけうのことをなむ見給へし。この三月に年老いて侍る母の願ありて初瀨に詣でゝ侍りし、かへさの中やどりに宇治の院といひ侍る所に罷り宿りしを、かくのごと人すまで年經ぬる大なる所は善からぬ物必ず通ひすみて、重き病者のため惡しき事どもやと思ひ給ひしもしるく」とてかの見つけたりし事どもを語り聞え給ふ。「げにいと珍らかなることかな」とて近く侍ふ人々皆寢入りたるを恐しくおぼされて驚かさせ給ふ。大將の語らひ給ふ宰相の君しもこの事を聞きけり。驚かさせ給ふ人々は何とも聞かず、僧都おぢさせ給ふ御氣色を心もなき事啓してけりと思ひて委しくその程の事をばいひさしつ。「その女人この度罷り出で侍りつる便に小野に侍る尼どもあひとぶらひ侍らむとてまかりよりしに泣く泣くすけの志深きよしねんごろに語らひ侍りしかば頭おろし侍りにき。某が妹故衞門のかみのめの侍りし尼なむうせにし女子のかはりにと思ひ喜び侍りて隨分にいたはりかしづき侍りけるを、かくなりにたればうらみ侍るなり。げにぞかたちはいとうるはしくけうらにて行ひ