Page:Kokubun taikan 02.pdf/642

提供:Wikisource
このページは校正済みです

めでたくなり給ひなむと賴み聞えつる御身をかくしなさせ給ひて、殘り多かる御世の末をいかにせさせ給はむとするぞ、老い衰へたる人だに今はかぎりと思ひはてられて、いと悲しきわざに侍る」といひ知らすれど猶只今は心やすくうれし、世に經べきものとは思ひかけずなりなるこそはいとめでたきことなれと胸のあきたる心地ぞし給ひける。つとめてはさすがに人の許さぬことなれば變りたらむさま見えむもいと恥しく、髮のすその俄におほどれたるやうにしどけなくさへそがれたるを、むつかしき事どもいはでつくろはむ人もがなと、何事につけてもつゝましくてくらうしなしておはす。思ふことを人にいひつゞけむ言の葉はもとよりだにはかばかしからぬ身を、まいて懷かしくことはるべき人さへなければ唯硯に向ひて思ひあるをりには手習をのみ、たけきことゝは書きつけ給ふ。

 「なきものに身をも人をも思ひつゝ捨てゝし世をぞさらにすてつる。今はかくて限りつるぞかし」と書きても猶みづからはいとあはれと見給ふ。

 「かぎりぞと思ひなりにし世の中をかへすがへすもそむきぬるかな」。同じすぢのことをとかく書きすさび居給へるに中將の御文あり。物騷しくあきれたる心地しあへる程にてかゝることなどいひてけり。いとあへなしと思ひてかゝる心深くありける人なりければはかなきいらへをもしそめじと思ひ離るゝなりけり。さてもあへなきわざかな、いとをかしく見えし髮のほどをたしかに見せよと一夜も語らひしかば、さるべからむ折にといひしものをと、いと口惜しくて立ちかへり聞えむかたなきは、