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やうなりしひとことを打ち賴みて、後の世を思ひやりつゝ眺め居給へり。大將の君はこの姬君の御事を思ひ及ばぬにしもあらざりしかば、目に近くおはしますをいとたゞにも覺えず、大かたの御かしづきにつけてこなたにはさりぬべきをりをりに參りなれ、おのづから御けはひ有樣も見聞き給ふに、いと若くおほどき給へる一すぢにてうへの儀式はいかめしく世のためしにしつばかりもてかしづき奉り給へれど、をさをさけざやかに物深くは見えず。女房などもおとなおとなしきは少く若やかなるかたち人のひたぶるに打ち華やぎざればめるはいと多く、數知らぬまで集ひさぶらひつゝ、物思ひなげなる御あたりとはいひながら、何事ものどやかに心しづめたるは心の中のあらはにしも見えぬわざなれば、身に人知れぬ思ひ添ひたらむも又更にこゝちゆきけにとゞこほりなかるべきにしも打ちまじればかたへの人にひかれつゝ同じけはひもてなしになだらかなるを、唯あけくれはいはけたるみあそびたはぶれに心入れたるわらはべのありさまなど、院はいとめにつかず見給ふことゞもあれどひとつさまに世の中をおぼしのたまはぬ御本性なれば、かゝるかたをもまかせてさこそはあらまほしからめと、御覽じ許しつゝいましめとゝのへさせ給はず。さうじみの御有樣ばかりをばいとよく敎へ聞え給ふに少しもてつけ給へり。かやうのことを大將の君もげにこそありがたき世なりけれ、紫の御用意氣色のこゝらの年經ぬれど、ともかくももり出で見え聞えたる所なくしづやかなるを本として、さすがに心うつくしう、人をもけたず、身をもやんごとなく心にくゝもてなし添へ給へることゝ見し面影も忘れ難くのみなむ思ひ出でられ