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しも哀と思ひ聞えけむ心ぞいとけしからぬ、唯この人の御ゆかりにさすらへぬるぞと思へば小島の色をためしに契り給ひしを、などてをかしと思ひ聞えけむと、こよなくあきにたる心ちす、初めよりうすきながらも長閑に物し給ひし人はこのをりかのをりなど思ひ出づるぞこよなかりける。かくてこそありけれと聞きつけられ奉らむ恥しさは人よりまさりぬべし、さすがにこの世にはありし御樣をよそながらだに何時かは見むとするとうち思ふ。なほわろの心やかくだに思はじなど心ひとつをかへさふ。辛うじて鳥のなくを聞きていとうれし、母の御聲を聞きたらむはましていかならむと思ひ明して心ちもいとあし。供にて渡るべき人も頓に來ねば、猶臥し給へるにいびきの人はいとゝく起きて、かゆなどむつかしき事どもをもてはやして御前に「とく聞し召せ」など寄り來ていへど、まかなひもいと心づきなくうたて見知らぬ心ちして惱しくなどことなしひ給ふを强ひていふもいとこちなし。げすげすしき法師ばらなど數多來て「僧都今日おりさせ給ふべし。など俄には」と問ふなれば、「一品宮の御物のけに惱ませ給ひける。山の座主御修法仕らせ給へど猶僧都參らせ給はではしるしなしとて昨日二度なむ召し侍りし。左大臣殿の四位少將、よべ夜更けてなむ上り坐しまして后の宮の御文など侍りければおりさせ給ふなり」などいと花やかにいひなす。「恥しくとも逢ひて尼になし給ひてよといはむ、さかしら人少くてよき折にこそ」と思へば起きて「心地のいと惡しうのみ侍るを、僧都のおりさせ給へらむに忌む事うけ侍らむとなむ思ひ侍るを、さやうに聞え給へ」と語らひ給へばぼけぼけしううちうなづく。例の方に坐して髮は尼君のみ