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この君の御心ばへなどのいと思ふやうなりしを、よそのものに思ひなしたるなむいと悲しき。など忘れがたみをだに留め給はずなりにけむと戀ひ忍ぶ心なりければ、たまさかにかく物し給へるにつけても珍しく哀に覺ゆべかめるまゝに問はずがたりもしいでつべし。姬君はわれは我と思ひ出づる方多くてながめ出し給へるさまいとうつくし。白きひとへのいとなさけなくあざやぎたるに袴もひはだ色に習ひたるにや、光も見えず黑きを着せ奉りたればかゝる事どもゝ見しには變りてあやしうもあるかなと思ひつゝこはごはしういらゝぎたるものども着給へるしもいとをかしき姿なり。御前なる人々「故姬君のおはしまいたる心ちのみし給ふに、中將殿をさへ見奉ればいとあはれにこそ。同じくば昔のさまにておはしまさせばや。いとよき御あはひならむかし」といひあへるを、あないみじや、世にありていかにもいかにも人に見えむこそ。それにつけてぞ昔の事思ひ出でらるべき、さやうのすぢは思ひ絕えて忘れなむと思ふ。尼君入り給へるまにまらうと雨の氣色を見煩ひて少將といひし人の聲を聞き知りて呼びよせ給へり。「昔見し人々は皆こゝに物せらるらむやと思ひながらもかう參り來ることもかたくなりにたるを、心あさきにや、誰もたれもみなし給ふらむ」などのたまふ。仕うまつりなれにし人にて哀なりし昔の事ども思ひ出でたる序に「かの廊のつま入りつるほど風さわがしかりつるまぎれに簾垂のひまよりなべてのさまにはあるまじかりつる人のうちたれ髮の見えつるは世をそむき給へるあたりに誰ぞとなむ見驚かれつる」とのたまふ。姬君の立ち出で給へりつるうしろでを見給へりけるなめりと思ひて、ましてこまかに