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ける、弟の禪師の君僧都の御許にものし給ひける。山ごもりしたるをとぶらひにはらからの君だち常にのぼりけり。橫川に通ふ道のたよりによせて中將こゝにおはしたり。さきうちおひてあてやかなる男の入り來るを見出して忍びやかにて坐せし人の御有樣けはひぞさやかに思ひ出でらるゝ。これもいと心細き住ひのつれづれなれど住みつきたる人々は物淸げにをかしうしなして、垣ほに植ゑたるなでしこもおもしろく女郞花き梗など咲きはじめたるに色々の狩衣姿のをのこどもの若きあまたして君も同じさう束にて南面に呼びすゑたればうちながめて居たり。年廿七八のほどにてねびとゝのひ心地なからぬさまもてつけたり。尼君さうじ口に几帳立てゝ對面し給ふ。まづうち泣きて「年比のつもりには過ぎにし方いとゞけどほくのみなむ侍るを山里のひかりに猶待ち聞えさすることのうち忘れずやみ侍らぬを、かつはあやしく思ひ給ふる」とのたまへば心の中あはれに「過ぎにし方の事ども思ひ給へられぬ折なきをあながちにすみはなれ顏なる御有樣に怠りつゝなむ、山ごもりもうらやましう常に出でたち侍るを同じくばなど慕ひまどはさるゝ人々に妨げらるゝやうに侍りてなむ、今日は皆省きすてゝ物し侍りつる」とのたまふ。「山ごもりの御うらやみはなかなか今やうだちたる御物まねびになむ。昔をおぼし忘れぬ御心ばへも世になびかせ給はざりけむとおろかならず思ひ給へらるる折多く」などいふ。人々にすゐばんなどやう物のくはせ君にもはすのみなどやうの物出したればなれにしあたりにてさやうの事もつゝみなき心地して村雨の降り出づるに留められて物語しめやかにし給ふ。いふかひなくなりにし人よりも