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きてよき君達を聟にして思ひあつかひけるを、その娘の君のなくなりにければ心うしいみじと思ひ入りてかたちをもかへかゝる山里には住み始めたるなりけり。世と共に戀ひわたる人のかたみにも思ひよそへつべからむ人をだに見出でゝしがなとつれづれと心ぼそきまゝに思ひ歎きけるを、かく覺えぬ人のかたちけはひも勝りざまなるをえたればうつゝの事とも覺えず、あやしき心地しながらうれしと思ふ。ねびにたれどいと淸げによしありて有樣もあてはかなり。昔の山里よりは水のおともなごやかなり。作りさまゆゑある所の木立おもしろくぜんざいなどもをかしくゆゑを盡したり。秋になりゆけば空の氣色も哀なるを、門田の稻苅るとて所につけたる物まねびしつゝ若き女どもは歌謠ひ興じあへり。ひたひきならす音もをかしく見し東路などの事なども思ひ出でられて、かの夕霧の御息所の坐せし山里よりは今少し入りて山にかたかけたる家なれば、松蔭しげく風の音もいと心細きにつれづれと行ひをのみしつゝいつとなくしめやかなり。尼君ぞ月などあかき夜はきんなど彈き給ふ。少將の尼君などいふ人は琵琶彈きなどしつゝ遊ぶ。「かゝるわざはし給ふや。つれづれなるに」などいふ。昔もあやしかりける身にて心のどかにさやうの事すべき程もなかりしかば、聊をかしきさまならずもおひ出でにけるかなとかくさだ過ぎにける人の心をやるめるをりをりにつけては思ひ出づ。猶あさましくものはかなかりけるとわれながら口惜しければ手ならひに、

 「身をなげし淚の河のはやき瀨をしがらみかけてたれかとゞめし」。思の外に心うければ