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惜むべくもあらぬ人のさまをみづからも弟子の中にも驗あるして加持しさわぐをいへあるじ聞きて「みたけさうじしけるをいたう老い給へる人の重く惱み給ふはいかゞ」と後めたげに思ひていひけれは、さもいふべきことといとほしう思ひて、いとせばくむつかしうもあればやうやうゐて奉るべきに、中神ふたぶりて例すみ給ふ方はいむべかりければ、故朱雀院の御領にて宇治の院といひし所このわたりならむと思ひ出でゝ院守僧都知り給へりければ一二日宿らむといひにやり給へりければ、泊瀨になむ昨日皆參りにけるとていとあやしき宿守の翁を呼びて率て來たり。「おはしまさばはや。いたづらなる院の寢殿にこそ侍るめれ。物詣の人は常にぞやどり給ふ」といへば「いとよかなり。公所なれど人もなく心やすきを」とて見せにやりたまふ。この翁例もかく宿る人を見ならひたりければおろそかなるしつらひなどして來たり。まづ僧都渡り給ふ。いといたく荒れて恐しげなる所かなと見給ひて「大とこ達經讀め」などのたまふ。この泊瀨にそひたりし阿闍梨と同じやうなる今一人何事のあるにかつきづきしき程の下臈法師に火ともさせて人もよらぬ後の方にいきたり。森かと見ゆる木の下をうとましげのわたりやと見入れたるに白き物のひろごりたるぞ見ゆる。「かれは何ぞ」と立ちとまりて火をあかくなして見れば物のゐたるすがたなり。「狐の變化したるか。にくし、見顯さむ」とて一人は今少し步みよる。今一人は「あなような。よからぬものならむ」といひてさやうのものしぞくべき印つくりつゝさすがになほまもる。頭の髮あらばふとりぬべき心地するにこの火燈したる大とこ憚もなくあうなきさまにて近くなりてそのさまを見れば