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と思ひ出で聞えて「御子の昔心よせ給ひしものを」といひなしてそなたへ坐しぬ。童のをかしきとのゐ姿にて二三人出でゝありきなどしけり。見つけて入るさまどもゝかゞやかし。これぞ世のつねと思ふ。南面の隅の間によりてうちこわづくり給へば少しおとなびたる人出で來たり。「人知れぬ心よせなど聞えさせ侍れば、なかなか皆人聞えさせふるしつらむことをうひうひしきさまにてまねぶやうになり侍り。まめやかになむことより外をもとめ侍る」とのたまへば「君にも言ひ傅へず、さかしだちていと思ほしがけざりし御有樣につけても故宮の思ひ聞えさせ給へりしことなど思ひ給へ出でられてなむ、かくのみ折々聞えさせ給ふなる御しりうごとをも喜び聞え給ふめる」といふ。なみなみの人めきて心地なのさまやと物うければ「もとよりおぼし捨つまじきすぢよりも今はましてさるべきことにつけても思ほし尋ねむなむ嬉しかるべき。うとうとしう人づてなどにてもてなさせ給はゞえこそ」とのたまふに、げにと思ひさわぎて君をひきゆるがすめれば「松も昔のとのみながめらるゝにもとよりなどのたまふすぢはまめやかにたのもしうこそは」と人づてともなくいひなし給へる聲、いと若やかに愛敬づきやさしき所そひたり。唯なべてのかるゝすみかの人と思はゞいとをかしかるべきを只今はいかでかばかりも人に聲聞かすべきものとならひ給ひけむとなまうしろめたし。かたちもいとなまめかしからむかしと見まほしきけはひのしたるをこの人ぞ又例のかの御心亂るべきつまなめると、をかしうもありがたの世やとも思ひ居給へり。これこそは限なき人のかしづきおほしたて給へる姬君又かばかりぞ多くはあるべき。あやし