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がちにつれづれなるを少しはすきもならはゞやなど思ふに今は猶つきなし。例の渡殿をありしに習ひてわざとおぼしたるもあやし。姬宮よるはあなたに渡らせ給ひければ人々月見るとてこの渡殿にうちとけて物語する程なりけり。箏の琴いとなつかしうひきすさぶつまおとをかしうきこゆ。思ひがけぬによりおはして「などかくねたましがほにかきならし給ふ」との給ふに、皆驚かるべかめれど少しあげたる簾垂うちおろしなどもせず、起きあがりて「似るべきこのかみや侍るべき」と應ふる聲中將の御もとゝかいひつるなりけり。「まろこそは御母方のをぢなれ」とはかなきことをのたまひて例のあなたに坐しますべかめる。「何わざをかこの比御里住の程にせさせ給ふ」など味氣なく問ひ給ふ。「いづこにても何事をかは唯かやうにてこそは過ぐさせ給ふめれ」といふにをかしの御身のほどやと思ふに、すゞろなるなげきのうち忘れてしつるもあやしと思ひよる人もこそとまぎらはしにさし出でたる和琴をたゞさながらかきならし給ふ。りちの調べはあやしく折にあふと聞く聲なれば聞きにくゝもあらねど、ひきはて給はぬをなかなかなりと心入れたる人は消えかへり思ふ。我が母宮も劣り給ふべき人かは、きさい腹と聞ゆばかりのへだてこそあれ、みかどみかどのおぼしかしづきたるさま異ごとならざりけるを猶この御あたりはいと殊なりけるこそあやしけれ、明石の浦は心にくかりける所かなゝど思ひ續くることゞもに、我が宿世はいとやんごとなしかし、ましてならべてもち奉らばと思ふぞいとかたきや、宮の君はこの西の對にぞ御かたしたりける、若き人々のけはひ數多して月めであへり、いであはれこれも又同じ人ぞかし