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めさせ給ふ。大かた野邊のさかしらをこそ聞えさすれ」といふ。はかなきことを唯少しの給ふも人はのこり聞かまほしくのみ思ひ聞えたり。「心なし、道あけ侍りなむよ。わきてもかの御物耻のゆゑ必ありぬべき折にぞあめる」とて立ち出で給へば、おしなべてかく殘なからむと思ひやり給ふこそ心うけれと思へる人もあり。ひんがしの高欄におしかゝりて夕かげになるまゝに花のひもとく御前の叢を見渡し給ふ。ものゝみ哀なるに中についてはらわた絕ゆるは秋の天といふことをいと忍びやかにずんじつゝ居給へり。ありつるきぬの音なひしるきけはひしてもやの御さうじよりとほりてあなたに入るなり。宮の步みおはして「これよりあなたに參りけるは誰ぞ」と問ひ給へば「かの御方の中將の君」と聞ゆなり。猶あやしのわざや、誰にかとかりそめにも打ち思ふ人にやがてかくゆかしげなく聞ゆる名ざしよといとほしく、この宮には皆めなれてのみ覺え奉るべかめるも口惜し。をりたちてあながちなる御もてなしに女は、さもこそまけ奉らめ、わがさも口惜しうこの御ゆかりにはねたく心うくのみあるわざかな、いかでこのわたりにもめづらしからむ人の、例の心入れて騷ぎ給はむを語らひとりて我が思ひしやうにやすからずとだにも思はせ奉らむ、誠に心ばせあらむ人は我が方にぞよるべきや、されどかたいものかな人の心はと思ふにつけて、對の御方のかの御有樣をばふさはしからぬものに思ひ聞えて、いとびんなきむつびになり行き、大方のおぼえをば苦しと思ひながら、猶さし放ちがたきものにおぼし知りたるぞありがたく哀なりける、さやうなる心ばせある人こゝらの中にあらむや、入りたちて深く見ねば知らぬぞかし、ねざめ