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と敎へ聞えぬべくもあり。やうやう見知り給ふべかめればいとなむ嬉しき」とのたまへばいといらへにくゝのみ思ふ。中に辨のおもとゝてなれたるおとな「そもむつましく思ひ聞ゆべきゆゑなき人の耻ぢ聞え侍らぬや。ものはさこそはなかなか侍るめれ。必ずそのゆゑ尋ねてうちとけ御覽ぜらるゝにしも侍らねど、かばかりおもなくつくりそめてける身におはざらむもかたはらいたくてなむ」と聞ゆれば「恥づべきゆゑあらじと思ひ定め給ひてけるこそ口惜しけれ」などのたまひつゝ見れば、からぎぬは脫ぎすべしおしやりうちとけて手習しけるなるべし、硯の蓋にすゑて心もとなき花の末々たをりてもてあそびけりと見ゆ。かたへは几帳のあるにすべりかくれ、あるはうちそむき、おしあけたる戶の方にまぎらしつゝ居たる頭つきどもゝをかしと見渡し給ひて硯ひきよせて、

 「をみなへし亂るゝ野邊にまじるとも露のあだ名を我にかけめや。心やすくはおぼさで」とたゞこの草紙にうしろしたる人に見せ給へば、みじろきなどもせずのどかにいと疾く、

 「花といへば名こそあだなれ女郞花なべての露にみだれやはする」と書きたるて、唯片そばなれどよしづきて大方めやすれば誰ならむと見給ふ。今まうのぼりける道にふたげられて滯り居たるなるべしと見ゆ。辨のおもてはいとけざやかなる翁言にくゝ侍りとて、

 「旅ねして猶こゝろみよ女郞花さかりの色にうつりうつらず。さて後定め聞えさえせむ」といへば、

 「宿かさはひと夜はねなむおほかたの花にうつらぬ心なりとも」とあれば「何かはづかし