Page:Kokubun taikan 02.pdf/605

提供:Wikisource
このページは校正済みです

心亂り給ひけるはし姬かなと思ひあまりては又宮の上にとりかゝりて戀しうつらくもわりなきことぞをこがましきまでくやしき、これに思ひわびてさしつぎにはあさましくてうせにし人のいと心をさなく滯る所なかりける輕々しさをば思ひながら、さすがにいみじと物を思ひ入りけむほど我が氣色例ならずと心の鬼になげきしづみて居たりけむ有樣を聞き給ひしも思ひ出でられつゝ、おもりかなる方ならで唯心安くらうたきかたらひ人にてあらせむと思ひしには、いとらうたかりし人を思ひもていけば宮をも思ひ聞えじ、女をもうしと思はじ、唯我が有樣の世づかぬをこたりぞなどながめ入り給ふ時々多かり。心のどかにさまよくおはする人だにかゝるすぢには身も苦しき事自からまじるを、宮はまして慰めかね給ひつゝ、かのかたみに飽かぬ悲しさをものたまひいづべき人さへなきを、對の御方ばかりこそは哀などのたまへど深くも見馴れ給はざりける。うちつけのむつびなればいと深くしもいかでかはあらむ。またおぼすまゝに戀しやいみじやなどのたまはむにはかたはらいたければ、彼所にありし侍從をぞ例の迎へさせ給ひける。皆人どもいきちりて乳母とこの人二人なむとりわきて覺したりしも忘れがたくて、侍從はよそ人なれど猶語らひてありふるに、世づかぬ川の音もうれしき瀨もやありとたのみし程こそなぐさめけれ。心憂くいみじく物おそろしくのみ覺えて京になむあやしき所にこの比來て居たりける。尋ね出で給ひてかくて侍へとのたまへど、御心はさるものにて人々のいはむこともさるすぢの事まじりぬるあたりはきゝにくき事もあらむと思へばうけひき聞えず。后の宮に參らむとなむおもむければいと