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參りたる大納言の君小宰相の君に物のたまはむとこそは侍るめりつれ」と聞ゆれば「まめ人のさすがに心留めて物語するこそ心地後れたらむ人は苦しけれ、心の程も見ゆらむかし。小宰相などはいと後やすし」とのたまひて御はらからなれどこの君をば猶はづかしく人も用意なくて見えざらなむと覺いたり。「人よりは心よせ給ひて局などに立ちより給ふべし。物語こまやかにし給ひて夜更けて出でなどし給ふ折々も侍れど例のめなれたるすぢには侍らぬにや。宮をこそいと情なくおはしますと思ひて御いらへをだに聞えず侍るめれ。忝きこと」といひてわらへば、宮も笑はせ給ひて「いと見苦しき御さまを思ひ知るこそをかしけれ。いかでかゝる御癖やめ奉らむ。はづかしやこの人々も」とのたまふ。「いと怪しきことをこそ聞き侍りしか。この大將殿のなくなし給ひてし人は、宮の御二條の北の方の御弟なりけり。ことはらなるべし。常陸の前の守某がめはをばとも母ともいひ侍るなるはいかなるにか。その女君に宮こそいと忍びておはしましけれ。大將殿や聞きつけ給ひたりけむ、俄に迎へ給はむとてまもりめそへなど、ことごとしくし給ひける程に、宮もいと忍びておはしましながらえ入らせ給はず、あやしきさまに御馬ながら立たせ給ひつゝぞかへらせ給ひける。女も宮を思ひ聞えさせけるにや、俄に消えうせにけるを、身なげたるなめりとてこそ乳母やうの人どもは泣き惑ひ侍りけれ」と聞ゆ。宮もいとあさましと覺して「誰かさる事はいふぞとよ。いといとほしく心憂きことかな。さばかりめづらかならむことはおのづから聞えありぬべきを、大將もさやうにはいはで、世の中のはかなくいみじき事、かく宇治の宮のぞうの命みじかゝ