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覺ゆる。唯今はあへなむ」とて手づから着せ奉り給ふ。御袴も昨日の同じくれなゐなり。みぐしのおほさ、すそなどはおとり給はねど猶樣々なるにや似るべくもあらず。ひ召して人々にわらせ給ふ。とりてひとつ奉りなどし給ふ心のうちもをかし。繪に書きて戀しき人見る人はなくやはありける、ましてこれは慰めむに似げなからぬ御程ぞかしと思へど、昨日かやうにてわれまじりゐ、心に任せて見奉らましかばと覺ゆるに、心にもあらずうちなげかれぬ。「一品宮に御文は奉り給ふや」と聞え給へば「內にありし時上のさのたまひしかば聞えしかど久しうさもあらず」とのたまふ。「唯人にならせ給ひにたりとてかれよりも聞えさせ給はぬにこそは心うかなれ。今大宮の御前にて恨み聞えさせ給ふと啓せむ」とのたまふ。「いかゞ恨み聞えむ。うたて」とのたまへば、「下すになりにたりとておぼしおとすなめりと見れば驚かし聞えぬとこそは聞えめ」とのたまふ。その日はくらしてまたのあしたに大宮にまゐり給ふ。例の宮もおはしけり。丁子に深く染めたる羅の單衣をこまやかなる直衣に着給へるいとこのましげなり。女の御身なりのめでたかりしにも劣らず白く淸らにて猶ありしよりはおもやせ給へるいと見るかひあり。覺え給へりと見るにもまづ戀しきを、いとあるまじきことゝしづむるぞたゞなりしよりは苦しき。繪をいと多く持たせて參り給へりける女房してあなたに參らせ給ひてわれも渡らせ給ひぬ。大將も近く參りより給ひて御八講のたふとく侍りしこといにしへの御事少し聞えつゝ殘りたる繪見給ふついでに「この里にものし給ふ御子の雲の上はなれて思ひくし給へるこそいとほしう見給ふれ。姬宮の御方より御せうそこも