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と思ひけるほどに、かゝれば今はかくさむもあいなくてありしさま泣くなく語る。大將殿の御文どもとり出でゝ見すれば善き人かしこくしてひなびものめでする人にて驚きおくしてうち返しうちかへし「いとめでたき御さいはひを捨てゝうせ給ひにける人かな。おのれも殿人にて參り仕うまつれども近く召しつかひ給ふこともなくいとけ高くおはする殿なり。若きものどものこと仰せられたるはたのもしきことになむ」など喜ぶを見るにもましておはせましかばと思ふに、ふしまろびてなかる。守も今なむうちなきける。さるはおはせし世にはなかなかかゝるたぐひの人しも尋ね給ふべきにしもあらずかし。我があやまちにて失ひつるもいとほし。慰めむとおぼすによりなむ人のそしりねんごろに尋ねじとおぼしける。四十九日のわざなどせさせ給ふにもいかなりけむことにかはと覺せば、とてもかくても罪得まじきことなればいと忍びてかのりしの寺にてせさせ給ひける六十僧のふせなどおほきにおきてられたり。母君も來居てことどもそへたり。宮よりは右近がもとにしろがねの壺にこ金入れて賜へり。人見咎むばかりおほきなるわざはえし給はず。右近が志にてしたりければ心知らぬ人は「いかでかくなむ」などいひける。殿の人どもむつまじきかぎり數多たまへり。怪しく音もせざりつる人のはてをかくあつかはせ給ふ。誰ならむと今驚く人のみ多かるに常陸の守きて、心もなくあるじがりをるなむ、あやしと人々見ける。少將の子うませていかめしき事せさせむとまどひ、家の內になき物はすくなくもろこし新羅のかぎりをもしつべきに、限りあればいとあやしかりけり。この御法事の忍びたるやうにおぼしたれどけはひこよな