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しに、いふかひなく見給ひはてゝは里の契もいと心憂く悲しくなむ。さまざまに嬉しき仰言に命のび侍りて今暫しながらへ侍らば猶賴み聞え侍るべきにこそと思ひ給ふるにつけても目の前の淚にくれ侍りてえ聞えさせやらず」など書きたり。御使になべての祿などは見苦しき程なり。飽かぬ心地もすべければかの君に奉らむと心ざしてもたりけるよきはんさいの帶たちのをかしきなど袋に入れて車に乘るほど「これは昔の人の御志なり」とて贈らせてけり。殿に御覽ぜさすれば「いとすゞろなるわざかな」とのたまふ。「詞にはみづからあひ侍りたうびていみじくなくなく萬の事のたまひてをさなきものどもの事まで仰せられたるがいともかしこきに、又數ならぬほどはなかなかいと耻しう人になにゆゑなどは知らせ侍らで、あやしきさまどもを皆まゐらせ侍りて侍はせむとなむ物し侍りつる」と聞ゆ。げに異なる事なきゆかりむつびにぞあるべけれど、みかどにもさばかりの人のむすめ奉らずやはある、それにさるべきにて時めかしおぼさむをば人の謗るべきことかは、たゞ人はたあやしき女世にふりにたるなどをもちゐるたぐひ多かり、かの守のむすめなりけりと人のいひなさむにも我がもてなしのそれにけがるべくありそめたらばこそあらめ、一人の子をいたづらになして思ふらむ親の心に猶このゆかりこそ面だゝしかりけれと、思ひ知るばかり用意は必ず見すべき事とおぼす。かしこには常陸の守たちながらきて、をりしもかくて居給へることなど腹立つ。年比いづくになむおはするなどありのまゝにも知らせざりければはかなきさまにておはすらむと思ひいひけるを、京になど迎へ給ひて後、めいぼくありてなど知らせむ