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おろかに思ひ聞えさせ給ふな。いとありがたく物し給ふ深き御氣色を見侍れば、身にはこよなくまさりて長き御世にもあらなむとぞ思ひ侍る。もとより御身に添ひ聞えさせむにつけても、つゝましき身の程に侍ればゆづり聞えそめ侍りにしをいとかうしも物し給はじとなむ、としごろは猶世の常に思う給へ渡り侍りつる。今はきし方行くさきうしろ安く思ひなりにて侍り」などいと多く聞え給ふ。淚ぐみて聞きおはす。かくむつましかるべきおまへにも常に打ち解けぬさまし給ひて、わりなく物づゝみしたるさまなり。このふみの詞いとうたてこはくにくげなるさまを、みちのくにがみにて年經にければきばみあつこえたる五六枚に、さすがにかうにいと深くしみたるに書き給へり。いと哀とおぼして御ひたひがみのやうやうぬれゆく御そばめあてになまめかし。院は姬宮の御方におはしけるを、中の御さうじよりふと渡り給へればえしもひきかくさで御几帳を少しひきよせてみづからははたかくれ給へり。「若宮は驚き給へりや。時の間も戀しきわざなりけり」と聞え給へば御息所はいらへも聞え給はねば、御方「對に渡し聞え給ひつ」と聞え給ふ。「いとあやしや、あなたにこの宮をらうじ奉りてふところを更に放たずもてあつかひ、人やりならずきぬも皆濡してぬぎかへがちなめる、かろがろしくなどかく渡し奉り給ふ。こなたに渡りてこそ見奉り給はめ」との給へば「いとうたて思ひぐまなき御事かな。女におはしまさむだにあなたにて見奉り給はむこそよく侍らめ。まして男は限なしと聞えさすれど心やすく覺え給ふを、たはぶれにてもかやうに隔てがましきことなさかしがり聞えさせ給ひそ」と聞え給ふ。打ち笑ひて「御中ともにまか