Page:Kokubun taikan 02.pdf/58

提供:Wikisource
このページは校正済みです

とのたまふめりき。いかに思すことにかあらむ」とのたまへば、またうちゑみて「いでやさればこそ樣々ためしなきすくせにこそ侍れ」とて喜ぶ。このふばこは持たせて參うのぼり給ひぬ。宮よりとく參り給ふべきよしのみあれば「かく思したることわりなり。珍らしきことさへそひていかに心もとなくおぼさるらむ」と紫の上もの給ひて、若宮忍びて參らせ奉らむの御心づかひし給ふ。御息所は御いとまの心安からぬにこり給ひて、かゝるついでにしばしあらまほしくおぼしたる、程なき御身にさる恐しきことをし給へれば、少しおも瘦せほそりていみじくなまめかしき御さまし給へり。「かくためらひ難くおはする程つくろひ給ひてこそは」など御方などは心苦しがり聞え給ふをおとゞは「かやうにおも瘦せて見え奉り給はむもなかなか哀なるべきわざなり」などのたまふ。對の上などの渡り給ひぬる夕つ方しめやかなるに御方お前に參り給ひてこのふばこ聞え知らせ給ふ。「思ふさまに適ひはてさせ給ふまではとり隱して置きて侍るべけれど、世の中定めがたければうしろめたさになむ。何事をも御心とおぼしかずまへざらむこなた、ともかくもはかなくなり侍りなば必ずしも今はのとぢめを御覽ぜらるべき身にも侍らねば、猶うつしごゝろうせず侍る世になむはかなきことをも聞えさせおくべく侍りけると思ひ侍りて、むつかしくあやしき跡なれど、これも御覽ぜよこの御願文は近きみづしなどに置かせ給ひて必ずさるべからむ折に御覽じてこのうちのことどもはせさせ給へ。疎き人にはなもらさせ給ひそ。かばかりと見奉り置きつればみづからも世をそむき侍りなむと思う給へなり行けば、よろづ心のどかにも覺え侍らず。對の上の御心