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う問はせ給ふに「日比おぼしなげきしさまその夜泣き給ひしさまあやしきまでことずくなにおぼおぼとのみ物し給ひていみじとおぼす事をも人にうちいで給ふことはかたく物づゝみをのみし給ひしけにやのたまひおくことも侍らず。夢にもかく心强きさまにおぼしかくらむとは思ひ給へずなむ侍りし」など委しう聞ゆれば、ましていといみじうさるべきにてともかくもあらましよりも、いかばかり物を思ひたちてさる水に溺れけむとおぼしやるに、これを見つけてせきとめたらましかばとわきかへる心ちし給へどかひなし。「御文を燒き失ひ給ひしなどになどてめをたて侍らざりけむ」など夜一夜語らひ給ふに聞えあかす。かのくわんじゆに書きつけ給へりし母君の返事などを聞ゆ。何ばかりのものとも御覽ぜざりし人もむつましく哀におぼさるれば「我がもとにあれかし。あなたももてはなるべくやは」とのたまへば「さてさぶらはむにつけても物のみ悲しからむを思ひ給へれば今この御はてなど過ぐして」と聞ゆ。「又もまゐれ」などこの人をさへ飽かずおぼす。曉歸るにかの御料にとて設けさせ給へりける櫛の箱一よろひ衣箱一よろひ贈物にせさせ給ふ。さまざまにせさせ給ふことは多かりけれど、おどろおどろしかりぬべければ、唯この人に仰せたる程なりけり。何心もなく參りてかゝることどものあるを人はいかゞ見むすゞろにむつかしきわざかなと思ひわぶれどいかゞは聞えかへさむ。右近と二人忍びて見つゝ、つれづれなるまゝにこまかに今めかしうしあつめたる事どもを見てもいみじうなく。そうぞくもいとうるはしうしあつめたる物どもなれは、かゝる御服にこれをいかでかかくさむなどもてぞわづらひける。大將殿も猶い