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し似つかはしかりぬべき程になしてこそ。心より外の命侍らばいさゝか思ひ靜まらむ折になむ仰言なくとも參りてげにいと夢のやうなりし事どもゝ語り聞えまほしき」といひて今日は動くべくもあらず。大夫もなきて「更にこの御中の事こまかに知り聞えさせ侍らず、物の心も知り侍らずながらたぐひなき御志を見奉り侍りしかば君達をも何かは急ぎてしも聞えうけ給はらむ。遂には仕うまつるべきあたりにこそと思ひ給へしを、いふかひなく悲しき御事の後はわたくしの御志もなかなか深さまさりてなむ」と語らふ。「わざと御車などおぼしめぐらして奉れ給へるを空しくてはいといとほしうなむ。今一所にても參り給へ」といへば侍從の君よび出でゝ「さば參り給へ」といへば「まして何事をかは聞えさせむ。さてもこの御忌の程にはいかでかいませ給はぬか」といへば「なやませ給ふ御ひゞきにさまざまの御つゝしみども侍るめれど忌あへさへ給ふまじき御氣色になむ。又かく深き御契にては籠らせ給ひてもこそおはしまさめ。のこりの日いくばくならず。猶一所參り給へ」とせむれば、侍從ぞ、ありし御さまもいと戀しう思ひ聞ゆるにいかならむ世にかは見奉らむ、かゝる折にと思ひなして參りける。黑ききぬども着て引きつくろひたるかたちもいと淸げなり。裳は只今我れより上なる人なきにうちたゆみて色もかへざりければ薄色なるを持せて參る。おはせましかばかの道にぞ忍びて出で給はまし、人知れず心よせ聞えしものをなど思ふにも哀なり。道すがら泣くなくなむ來ける。宮はこの人參れりと聞しめすも哀なり。女君にはあまりうたてあれば聞え給はず。寢殿におはしましてわたどのにおろし給へり。ありけむさまなど委し