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ふ。女君この事の氣色は皆見知り給ひてけり。哀にあさましきはかなさのさまざまにつけて心深き中に我れ一人物思ひ知らねば今までながらふるにや、それもいつまでと心ぼそくおぼす。宮もかくれなきものからへだて給ふもいと苦しければ、ありしさまなど少しは取り直しつゝ語り聞え給ふ。「かくし給ひしがつらかりし」など、泣きみ笑ひみ聞え給ふにもこと人よりはむつましく哀なり。ことごとしくうるはしくて例ならぬ御事のさまも驚き惑ひ給ふ所にては御とぶらひの人しげく、父おとゞせうとの君たちひまなきもいとうるさきにこゝはいと心安くてなつかしくぞおぼされける。いと夢のやうにのみ猶いかでいと俄なりけることにかはとのみいぶせければ、例の人々召して右近を迎につかはす。母君も更にこの水の音けはひを聞くに我れもまろび入りぬべく悲しく心うき事のとまるべくもあらねばいと侘しうて歸り給ひにけり。念佛の僧どもをたのもしきものにていとかすかなるに入り來れば、ことごとしく俄に立ちめぐりしとのゐびとどもゝ見とがめず、あやにくに限りのたびしも入れ奉らずなりにしよと思ひいづるもいとほし。さるまじきことを思ほしこがるゝことゝ見苦しく見奉れど、こゝに來てはおはしましゝよなよなの有樣いだかれ奉り給ひて船にのり給ひしけはひのあてに美しかりしことなどを思ひ出づるに心强き人なく哀なり。右近あひていみじうなくもことわりなり。「かくの給はせて御使になむ參りきつる」といへば「今更に人もあやしといひ思はむもつゝましくまゐりてもはかばかしく聞しめしあきらむばかり物聞えさすべき心地もし侍らず。この御忌はてゝあからさまに物になど人にいひなさむも少