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思う給へられしを今はなかなかの上臈になりにて侍り。まして御暇なき御有樣にて、心のどかにおはします折も侍らねば殿居などにその事となくてはえさぶらはず、そこはかとなくて過ぐし侍りてなむ、皆御覽ぜし山里にはかなくてうせ侍りにし人の、同じゆかりなる人覺えぬ所に侍りと聞きつけ侍りて、時々さて見つべくやと思ひ給へしに、あいなく人のそしりも侍りぬべかりし折なりしかばこの怪しき所に置きて侍りしををさをさまかりて見る事もなく、又かれも某一人をあひたのむ心もことになくてやありけむとは見給ひつれど、やんごとなくものものしきすぢに思ひ給へばこそはあらめ、見るにはた殊なるとがも侍らずなどして心やすくらうたしと思ひ侍りつる人のいとはかなくなり侍りにける、なべての世の有樣を思ひ給へ續け侍るにも悲しくなむ。聞しめすやうも侍るらむかし」とて今ぞ泣き給ふ。これもいとかうは見え奉らじ、をこなりと思ひつれどこぼれそめてはいととめがたし。氣色のいさゝかみだり顏なるを怪しくいとほしとおぼせどつれなくて「いと哀なる事にこそ。咋日ほのかに聞き侍りき。いかにとも聞ゆべく思う給へながら、わざと人に聞かせ給はぬことと聞き侍りしかばなむ」とつれなくの給へど、いと堪へがたければことずくなにておはします。「さる方にても御覽ぜさせばやと思ひ給へりし人になむ。おのづからさもや侍りけむ。宮にも參り通ふべき故侍りしかば」など少しづゝ氣色ばみて「御心地例ならぬ程はすゞろなる世の事聞しめしいれ御耳驚くもあいなきわざになむ。よく謹ませ給へ」など聞えおきて出で給ひぬ。いみじくもおぼしたりつるかな。いとはかなかりけれどさすがに高き人の宿世なり