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の比式部卿宮と聞ゆるもうせ給ひにければ御をぢの服にて薄鈍なるも心の中に哀に思ひよそへられてつきづきしく見ゆ。少し面やせていとゞなまめかしき事まさり給へり。人々まかでゝしめやかなる夕暮なり。宮ふししづみてのみはなき御心地なれば疎き人にこそあひ給はね、御簾の內にも例いり給ふ人には對面し給はずもあらず、見え給はむもあいなくつゝましく見給ふにつけてもいとゞ淚のまづせきがたさをおぼせど、思ひしづめて「おどろおどろしき心地にも侍らぬを、皆人はつゝしむべき病のさまなりとのみ物すれば、內にも宮にもおぼしさわぐがいと苦しく、げに世の中の常なきをも心ぼそく思ひ侍る」との給ひて押し拭ひまぎらはし給ふとおぼす淚のやがて滯らずふりおつれば、いとはしたなれど必ずしもいかでか心えむ。唯めゝしく心弱きとや見ゆらむとおぼすもはづかし。さりや唯この事をのみおぼすなりけり、いつよりなりけむ、我れをいかにをかしと物笑ひし給ふ心ちに月比おぼし渡りつらむと思ふに、この君は悲しさは忘れ給へるを、こよなくもおろかなるかな、物のせちに覺ゆる時はいとかゝらぬ事につけてだに空飛ぶ鳥の鳴き渡るにももよほされてこそ悲しけれ、わがかくすゞろに心弱きにつけても若し心を得たらむに、さいふばかり物の哀も知らぬ人にもあらず、世の中のつねなきことをしみて思へる人しもつれなきと、うらやましくも心にくゝもおぼさるゝものからまきばしらは哀なり。これに向ひたらむさまもおぼしやるに、かたみぞかしともうちまもり給ふ。やうやう世の物語聞え給ふにいとこめてしもはあらじとおぼして、「昔より心にこめてしばしも聞えさせぬ事殘し侍るかぎりはいといぶせくのみ