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へては誰にもしづやかにありしさまをも聞えてむ。只今は悲しささめぬべきこと、ふと人づてに聞しめさむは猶いといとほしかるべき事なるべしと、この人二人ぞ深く心のおにそひたればもてかくしける。大將殿は、入道の宮のなやみ給ひければ石山にこもり給ひて騷ぎ給ふころなりけり。さていとゞかしこはおぼつかなうおぼしけれど、はかばかしうさなむといふ人はなかりければ、かゝるいみじき事にもまづ御使のなきを人めも心憂しと思ふに、みさうの人なむ參りてしかじかと申させければ、あさましき心地し給ひて御使そのまたの日まだつとめて參りたり。「いみじき事は聞くまゝにみづから物すべきにかく惱み給ふことによりつゝしみてかゝる所に日を限りて籠りたればなむ。よべのことはなどかこゝにせうそこして日を延べてもさる事はするものを、いと輕らかなるさまにて急ぎせられにける。とてもかくても同じいふかひなさなれど、とぢめのことをしもやまがつのそしりをさへ負ふなむ、こゝのためもからき」などかのむつましき大藏の大夫してのたまへり。御使の來たるにつけてもいとゞいみじきに聞えむ方なき事どもなれば唯淚におぼゝれたるばかりをかごとにてはかばかしうもいらへずなりぬ。殿は猶いとあへなくいみじと聞き給ふにも、心うかりける所かな、鬼などや住むらむ、などて今までさる所にすゑたりつらむ、思はずなるすぢのまぎれあるやうなりしもかく放ち置きたるに心やすくて人もいひをかし給ふなりけむかしと思ふにも、我がたゆく世づかぬ心のみくやしく御胸いたく覺え給ふ。なやませ給ふあたりにかゝる事おぼし亂るゝもうたてあれば京におはしぬ。宮の御方にも渡り給はず「ことごとしき程