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べき事どもなど取り具しつゝかへり出で侍りにし」とて、もとよりある人だにかたへはなくていと人ずくななる折になむありける。侍從などこそ日比の御氣色思ひいで身をうしなひてばやなど泣きいり給ひし折々の有樣書きおき給へる文をも見るに、なきかげにと書きすさび給へるものゝ硯の下にありけるを見つけて河の方を見やりつゝ響きのゝしる水の音を聞くにも疎ましく悲しと思ひつゝさて「うせ給ひけむ人をとかく言ひ騷ぎていづくにもいづくにもいかなる方になり給ひにけむとおぼし疑はむもいとほしき事」といひ合せて「忍びたる事とても御心よりおこりてありし事ならず。親にてなき後に聞き給へりともいとやさしき程ならぬを、ありのまゝに聞えてかくいみじく覺束なき事どもをさへかたがた思ひ惑ひ給ふさまは少しあきらめさせ奉らむ。なくなり給へる人とてもからを置きてもあつかふこそ世の常なれ。世づかぬ氣色にて日比も經ば更にかくれあらじ。猶聞えて今は世の聞えをだにつくろはむ」と語らひて忍びてありしさまを聞ゆるにいふ人も消えいりえいひやらず、聞く心地も惑ひつゝ、さはこのいとあらましと思ふ河に流れうせ給ひにけりと思ふに、いとゞ我れも落ち入りぬべき心地して「おはしましにけむ方を尋ねてからをだにはかばかしくをさめむ」との給へど「更になにのかひ侍らじ。行くへも知らぬ大海の原にこそおはしましにけめ。さるものから人のいひ傅へむ事はいと聞きにくし」と聞ゆれば、とざまかうざまに思ふに胸のせきのぼる心ちして、いかにもいかにもすべき方も覺え給はぬを、この人々二人して車よせさせておましとも氣近う使ひ給ひし御調度どもみなながらぬぎおき給へる御ふ