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に違ひたる宿世にもあるかなと思ひ侍りしかど、生ける世に行きはなれ隔たるべき中の契とは思ひかけず、同じはちすに住むべき後の世のたのみをさへかけて年月を過しきて俄にかく覺えぬ御事出できて背きにし世に立ち返りて侍る。かひある御事を見奉り喜ぶものから片つ方には覺束なく悲しきことの打ち添ひて絕えぬをつひにかくあひ見ず隔てながらこの世を別れぬるなむ口惜しく覺え侍る。世にへし時だに人に似ぬ心ばへにより世をもてひがむるやうなりしを若きどち賴みならひておのおのはまたなく契りおきてければかたみにいと深くこそ賴み侍りしか。いかなればかく耳に近き程ながらかくて別れぬらむ」といひつゞけていと哀にうちひそみ給ふ。御方もいみじく泣きて「人にすぐれむ行くさきのことも覺えずや。數ならぬ身には何事もけざやかにかひあるべきにもあらぬものから、哀なる有樣に覺束なくてやみなむのみこそ口惜しけれ。よろづのことさるべき人の御ためとこそ覺え侍れ。さて堪へ籠り給ひなば世の中も定なきにやがてきえ給ひなばかひなくなむ」とて、よもすがら哀なる事どもをいひ明し給ふ。「昨日もおとゞの君のあなたにありと見置き給ひてしを、俄にはひかくれたらむもかるがるしきやうなるべし。身ひとつは何ばかりも思ひ憚り侍らず、かくそひ給ふ御ためなどのいとほしきになむ、心に任せて身をももてなしにくかるべき」とて曉に歸り渡り給ひぬ。「若宮はいかゞ坐します。いかでか見奉るべき」とても泣きぬ。「今見奉り給ひてむ女御の君もいと哀になむ覺し出でつゝ聞えさせ給ふめる。院も事のついでにもし世の中思ふやうならばゆゝしきかねごとなれど尼君その程までながらへ給はなむ