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つきて聞えくるを、つくづくと聞き臥し給へり。

 「鐘のおとの絕ゆる響にねをそへて我が世盡きぬと君に傅へよ」。くわんじゆ持て來たるに書きつけて、こよひは得歸るまじといへば、物の枝にゆひつけて置きつ。めのと、「あやしく心ばしりのするかな、夢も騷しくとのたまはせたりつ。とのゐびとよく侍へ」といはするを、苦しと聞き臥し給へり。「物聞し召さぬいとあやし。御湯づけ」などよろづにいふを、さかしがるめれど、いと見にくゝおひなりて、我なくはいづくにかあらむと思ひやり給ふもいと哀なり。世の中にえありはつまじきさまをほのめかしていはむなどおぼすには、まづ驚かされて、さきだつ淚をつゝみ給ひて物もいはれず。右近程く臥すとて、「かくのみ物をおもほせば、物思ふ人のたましひはあくがるなるものなれば夢も騷がしきならむかし。いづかたとおぼし定りて、いかにもいかにもおはしまさなむ」とうちなげく。なえたるきぬを顏におしあてゝ臥し給へりとなむ。


蜻蛉

かしこには人々おはせぬを、覓めさわげどかひなし。物語の姬君の人にぬすまれたらむあしたのやうなれば委しくもいひつゞけず。京よりありし使の歸らずなりにしかばおぼつかなしとて又人おこせたり。「まだ鳥の鳴くになむ出し立てさせ給へる」と使のいふに「いかに聞