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うつぶしふし給へば「かくな思し召しそ安らかにおぼしなせとてこそ聞えさせ侍れ。おぼしぬべき事をも、さらぬ顏にのみ長閑に見えさせ給へるを、この御事の後、いみじく心いられをせさせ給へば、いと怪しくなむ見奉る」と、心知りたるかぎりは皆かく思ひ亂れさわぐに、めのとおのが心をやりて、ものそめいとなみ居たり。今まゐりわらはなどの、めやすきを呼びとりつゝ、「かゝる人御覽ぜよ。あやしくてのみ臥させ給へるは、ものゝけなどの妨げ聞えさせむとするにこそ」となげく。殿よりは、かのありし返事をだにのたまはで日頃經ぬ。このおどしゝうどねりといふものぞ來たる。げにいとあらあらしく、ふつゝかなるさましたるおきなの聲かな。さすがに氣色ある、女房にものとり申さむといはせたれば、右近しも逢ひたり。「殿に召し侍りしかば、けさ參り侍りて只今なむ罷り歸り侍りつる。さふじども仰せられつる序に、かくておはします程に、夜中曉のことにも、なにがしらかくて侍ふと思ほして、とのゐびとわざとさし奉らせ給ふこともなきを、この頃聞し召せば、女房の御許に知らぬ所の人通ふやうになむ聞し召すことある、たいだいしきことなり。とのゐに侍ふものどもは、そのあない問ひ聞きたらむ、知らではいかゞ侍ふべきと問はせ給へるに、承らぬことなれば、なにがしは身の病重く侍りて、とのゐ仕うまつることは月頃怠りて侍ればあないも得知り侍らず。さるべきをのこどもは、けだいなくもよほし侍はせ侍るを、さのごとき非常の事の侍らはむをば、いかでか承らぬやうは侍らむとなむ申させ侍りつる。用意してさぶらへ。びんなき事もあらば重く勘當せしめ給ふべきよしなむ仰せ言侍りつれば、いかなる仰せ言にか