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ことざまにてかの御氣色見る人の語りたるにこそはと思ふに、誰かさいふぞなども問ひ給はず、この人々の見思ふらむこともいみじく耻かし。我が心もてありそめしことならねども心憂き宿世かなと思ひ入りて寢たるに、侍從と二人して、「右近が姉の、常陸にて人ふたり見侍りしを、ほどほどにつけては、たゞかくぞかし。これも劣らぬ志にて思ひ惑ひて侍りしほどに、女は今の方に少し心よせまさりてぞ侍りける。それにねたみて遂に今のをば殺してしぞかし。さて我も住み侍らずなりにき。國にもいみじきあたらつはもの一人失ひつ。又このあやまちしたるも善きらうどうなれど、かゝるあやまちしたるものを、いかでかつかはむとて國の內をも追ひ拂はれぬ。すべて女のたいだいしきぞとて、たちのうちにも置い給へらざりしかば、あづまの人になりて、まゝも今に戀ひ泣き侍るは罪深くこそ見給ふれ。ゆゝしき序のやうに侍れど、かみも下もかゝるすぢのことは、おぼし亂るゝはいと惡しきわざなり。御命までにはあらずとも人の御ほどほどにつけて侍ることなり。死ぬるにまさる恥なることも善き人の御身にはなかなか侍るなり。ひとかたにおぼし定めてよ。宮も御志勝りて、まめやかにだに聞えさせ給はゞ、そなたざまにもなびかせ給ひて物ないたく歎かせ給ひそ。瘠せ衰へさせ給ふも、いとやくなし。さばかりうへの思ひいたづき聞えさせ給ふものを、まゝかこの御いそぎに心を入れて惑ひゐて侍るにつけても、それよりこなたにと聞えさせ給ふ御事こそ、いとゞ苦しくいとほしけれ」といふに、今一人「うたて恐しきまでな聞えさせ給ひそ。何事も御宿世にてこそあらめ。唯御心の中に少しおぼしなびかむ方を、さるべきにおぼ