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はぶきて、おどろかい奉り給ふ。ひき隱し給へるにぞ、おとゞさしのぞき給へる。驚きて御ひもさし給ふ。殿もついゐ給ひて「まかで侍りぬべし。例の御じやけの久しく起らせ給はざりつるを、恐しきわざなりや。山のざす只今さうじに遣はさむ」と、いそがしげにて立ち給ひぬ。夜更けて皆出で給ひぬ。おとゞは宮をさきに立て奉り給ひて、あまたの御子どもの上達部君達ひきつゞけてあなたに渡り給ひぬ。この殿は後れて出で給ふ。隨身氣色ばみつる、あやしとおぼしければ、ごぜんなどおりて火ともすほどに隨身召しよす。「申しつることは何事ぞ」と問ひ給ふ。「けさかの宇治に、出雲の權守、時方のあそんのもとに侍るをのこの紫の薄えふにて、櫻につけたる文を西の妻戶によりて女房にとらせ侍りつる見給へつけて、しかしか問ひ侍りつれば、ことたがひつゝ、そらごとのやうに申し侍りつるを、いかに申すぞとて、わらはべして見せ侍りつれば、兵部卿の宮に參り侍りて式部少輔道定の朝臣になんその返事はとらせ侍りける」と申す。君あやしとおぼして、「その返事はいかやうにして出しつるぞ」、「それは見給へず。ことかたより出し侍りにける下人の申し侍りつるは赤き色紙のいと淸らなるとなむ申し侍りつる」と聞ゆ。おぼしあはするに、たがふことなし。さまで見せつらむを、かどかどしとおぼせど、人々近ければ委しくものたまはず。道すがら猶いと恐しく隈なくおはする宮なりや、いかなりけむ序に、さる人ありと聞き給ひけむ、いかでいひより給ひけむ、田舍びたるあたりにて、かやうのすぢのまぎれは、えしもあらじと思ひけるこそをさなけれ、さても知らぬあたりにこそ、さるすきごとをものたまはめ、昔よりへだてなく