Page:Kokubun taikan 02.pdf/562

提供:Wikisource
このページは校正済みです

る文はさしとらする。氣色あるまうどかな。物がくしはなぞ」といふ。「まことはこのかうの君の御文、女房に奉り給ふ」といへば、こと違ひつゝあやしと思へど、此所にて定めいはむもことやうなるべければ、おのおの參りぬ。かどかどしきものにて共にあるわらはを「このをのこにさりげなくて目つけよ。左衞門の大夫の家にや入る」と見せければ、「宮に參りて式部の少輔になむ御文はとらせ侍りつる」といふ。さまで尋ねむものともおとりのげすは思はず、事の心をも深う知らざりければ舍人の人に見顯はされにけむぞ口惜しきや。殿に參りて、今出で給はむとするほどに御文奉らす。なほしにて、六條院にきさいの宮出でさせ給へる頃なれば參り給ふなりけり。ことごとしく御前などもあまたもなし。「御文參らする人にあやしき事の侍りつる。見給へ定めむとて今まで侍ひつる」といふを、ほの聞き給ひて步み出で給ふまゝに、「何事ぞ」と問ひ給ふ。この人の聞かむもつゝましと思ひて、かしこまりて居る、殿もしか見知り給ひて出で給ひぬ。宮例ならず惱ましげに坐すとて宮達も皆參り給へり。上達部など多く參りつどひて、さわがしけれど異なる事もおはしまさず。かの內記はじやうぐわんなれば後れてぞ參れる。この御文も奉るを宮、臺盤所におはしまして戶口に召し寄せてとり給ふを、大將御前の方より出で給ひ、そばめに見通し給ひて、せちにおぼすべかめる文の氣色かなと、をかしさに立ちとゞまり給へり。引きあけて見給ふ。くれなゐのうすえふに、こまやかに書きたるべしと見ゆ。文に心入れてとみにも向き給はぬに、おとゞも立ちて、とざまにおはすれば、この君はざうしより出で給ふとて、おとゞ出で給ふとうちし