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ゆる。宮のうえのかたじけなく哀におぼしたりしも、つゝましき事などのおのづから侍りしかば、中空にところせき御身なりと思ひ歎き侍りて」といふ。尼君うち笑ひて、「この宮のいと騷がしきまで色におはしますなれば、心ばせあらむ若き人、さぶらひにくげになむ、おほかたはいとめでたき御ありさまなれど、さるすぢのことにて、うへのなめしとおぼさむなむわりなきと大輔が娘のかたり侍りし」といふにも、さりや、ましてと君は聞きふし給へり。「あなむくつけや。みかどの御娘をもち奉り給へる人なれど、よそよそにて惡しくも善くもあらむはいかゞはせむと、おほけなく思ひなし侍る。よからぬことを引き出で給へらましかば、すべて身には悲しくいみじと思ひ聞ゆとも、また見奉らざらまし」などいひかはす事どもに、いとゞ心膽もつぶれぬ。猶我が身をうしなひてばや、遂に聞きにくきことは出できなむと思ひ續くるに、この水の音の恐しげに響きて行くを、「かゝらぬ流もありかし。世に似ずあらましき所に、年月をすぐし給ふを、哀とおぼしぬべきわざになむ」など、母君したり顏にいひ居たり。昔よりこの河のはやく恐しきことをいひて、「さいつころ渡守がうまごのわらは、竿さしはづして落ち入り侍りにける。すべていたづらになる人多かる水に侍り」と人々もいひあへり。君はさても我が身行くへも知らずなりなば、誰も誰もあへなくいみじとしばしこそ思ひ給はめ、ながらへて人わらへに憂き事もあらむは、いつかその物思ひの絕えむとすると思ひかくるには、さはり所もあるまじう、さはやかによろづ思ひなさるれど、うち返しいとかなし。親のよろづに思ひいふ有樣を、寢たるやうにてつくづくと思ひ亂る。なやま