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痛く靑み瘠せ給へる」と驚き給ふ。日頃怪しくのみなむ、はかなきものも聞しめさず、惱ましげにせさせ給ふ」といへば、「あやしきことかな。ものゝけなどにやあらむ」と、いかなる御心ちぞと思へど石山も泊り給ひにきかしといふも、かたはらいたければふしめなり。暮れていと月あかし。有明の空を思ひ出づる、淚のいととゞめがたきはいとけしからぬ心かなと思ふ。母君昔物語などして、あなたの尼君呼び出でゝ故姬君の御ありさま、心深くおはして、さるべき事もおぼし入れたりしほどに目にみすみす消え入り給ひにし事などかたる。「おはしまさましかば、宮のうへなどのやうに聞え通ひ給ひて、心ぼそかりし御有樣どもの、いとこよなき御さいはひにぞ侍らましかし」といふにも、我がむすめはこと人かは思ふやうなる宿世のおはしはてば劣らじをなど思ひつゞけて、「世と共にこの君につけては、物をのみ思ひ亂れしけしきの少しうちゆるびて、かく渡り給ひぬべかめれば、此所に參りくること必ずしも殊更には得思ひたち侍らじ。かゝるたいめんのをりをりに昔の事も心のどかに聞え承らまほしけれども」などかたらふ。「ゆゝしき身とのみ思ひ給へしみにしかばこまやかに見え奉り聞えさせむも何かはとつゝましくてすぐし侍りつるを、うち捨てゝ渡らせ給ひなば、いと心ぼそくなむ侍るべけれど、かゝる御住ひは心もとなくのみ見奉るを嬉しくも侍るべかめるかな。世に知らず、おもおもしく、おはしますべかめる殿の御有樣にて、かく尋ね聞えさせ給ひしも、おぼろけならじと聞え置き侍りにし。うきたることにやは侍る」などいふ。「後は知らねど只今はかくおぼし離れぬさまにの給ふにつけても、唯御しるべをなむ思ひ出で聞