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空を咎め給ふ。げににくゝも書きてけるかなと、恥しくてひきやりつ。さらでだに見るかひある御さまを、いよいよあはれにいみじと人の心にしめられむと盡し給ふ言の葉氣色いはむかたなし。御物忌二日とたばかり給へれば、心のどかなるまゝに、かたみに哀とのみ深くおぼしまさる。右近はよろづに例のいひまぎらはして、御ぞなど奉りたり。けふは亂れたる髮少しけづらせて、こききぬに紅梅の織物など、あはひをかしく着かへて居給へり。侍從もあやしきしびら着たりしをあざやきたれば、そのもをとり給ひて君に着せ給ひて、御手水まゐらせ給ふ。姬宮にこれを奉りたらば、いみじきものにし給ひてむかし。いとやんごとなききはの人多かれど、かばかりのさましたるはかたくやと見給ふ。かたはなるまで遊び戯れつゝ暮し給ふ。忍びてゐてかくしてむ事をかへすがへすのたまふ。そのほどかの人に見えたらばといみじき事どもを誓はせ給へば、いとわりなき事と思ひて、いらへもやらず淚さへ墮つる氣色、更に目のまへだに思ひうつらぬなめりと胸痛うおぼさる。恨みても泣きても萬のたまひあかして、夜深くゐて歸り給ふ。例のいだき給ふ。「いみじくおぼすめる人は、かうはよもあらじよ。見知り給ひたりや」とのたまへば、げにと思ひて、うなづきて居たる、いとらうたげなり。右近妻戶放ちて入れ奉る、やがてこれより別れて出で給ふも飽かずいみじとおぼさる。かやうのかへさは猶二條院にぞおはします。いと惱ましうし給ひて物なども絕えて聞しめさず、日を經て靑み瘠せ給ふ御氣色變るを、うちにもいづくにもおもほし歎くに、いとゞ物さわがしくて御文だにこまかには得書き給はず。かしこにもかのさかしきめのと、娘の